東京高等裁判所 平成5年(行ケ)226号 判決 1996年5月22日
神奈川県川崎市幸区堀川町72番地
原告
株式会社 東芝
代表者代表取締役
佐藤文夫
訴訟代理人弁理士
鈴江武彦
同
村松貞男
同
中村和年
同
布施田勝正
同
外川英明
同
久米川正光
同
刈谷光男
同
勝村紘
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
指定代理人
山本春樹
同
及川泰嘉
同
今野朗
同
伊藤三男
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者が求めた判決
1 原告
特許庁が、平成4年審判第19960号事件について、平成5年10月21日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和58年5月17日、名称を「半導体装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をしたが、拒絶査定を受けたので、平成4年10月29日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成4年審判第19960号事件として審理したうえ、平成5年10月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は、同年11月29日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項記載のとおり)
表面に素子分離領域で分離された複数の島領域を有する半導体基板と、前記島領域上にゲート絶縁膜を介して設けられたゲート電極と、このゲート電極の側壁に設けられたCVD-絶縁膜と、前記島領域表面に前記ゲート電極と自己整合的であるとともに前記島領域の端部まで達するように設けられ、ソース、ドレイン領域の一部を夫々構成する低濃度の第1の不純物層と、この第1の不純物層の表面に前記ゲート電極及びCVD-絶縁膜と自己整合的に形成され、かつ前記第1の不純物層より浅い高濃度の第2の不純物層とを具備することを特徴とする半導体装置。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特開昭53-108380号公報(以下「引用例」といい、その発明を「引用例発明」という。)に記載された事項及び周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例の記載事項の認定(審決書2頁2行~4頁2行)は認めるが、引用例発明についての解釈(同4頁3~13行)は争う。
本願発明と引用例発明との一致点の認定は、両者が、「半導体基板と、この基板上にゲート絶縁膜を介して設けられたゲート電極と、このゲート電極の側壁に設けられた絶縁膜と、前記半導体基板表面に前記ゲート電極と自己整合的であるように設けられ、ソース、ドレイン領域の一部を夫々構成する低濃度の第1の不純物層を具備する半導体装置」である点で一致するとの限度で認め、その余は否認する。
相違点(1)、(2)の認定は認めるが、その判断は争う。ただし、「絶縁膜をCVDにより形成することは、・・・それを熱酸化により形成することと同様、すでに周知の技術である」(審決書6頁18行~7頁1行)ことは認める。
審決は、引用例の記載事項を誤認して、本願発明と引用例発明の一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点(1)、(2)についての判断を誤り(取消事由2、3)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 引用例の記載事項の誤認に基づく一致点の認定の誤り(取消事由1)
審決は、本願発明と引用例発明とが、「第1の不純物層の表面に前記ゲート電極及び絶縁膜と自己整合的に形成され、かつ前記第1の不純物層より浅い高濃度の第2の不純物層とを具備する」点においても、一致すると認定している(審決書5頁1~4行)が、誤りである。
引用例(甲第6号証)には、「微細化された半導体装置を実現するため高濃度と低濃度との2回にわたつて不純物を拡散する際、ゲート電極を2回自己整合的に使用し」(同号証2頁右上欄1~4行)と記載されている。
審決は、この記載につき、「ゲート電極を自己整合的に使用するといっても、引用例のゲート電極の側壁には、熱酸化膜(絶縁膜)が形成されており、正確には、ゲート電極及び熱酸化により形成した絶縁膜を自己整合的に使用しているということになるが、最初の低濃度層形成の際にゲート電極の側壁に形成されている絶縁膜は、低濃度層の横方向(半導体ウエハの表面に平行な方向)の広がりを考慮して形成されているものであり、低濃度層の形成は、実質的にはゲート電極を自己整合的に使用して行われているものと言うことができる。」(審決書4頁3~13行)と解釈し、ゲート電極及び熱酸化により側壁に形成された絶縁膜は、低濃度層の形成においては考慮されないが、高濃度層の形成においては自己整合的に使用されるかのように認定しているが、誤りである。
引用例には、上記のとおり、低濃度層及び高濃度層の形成に際しゲート電極を2回自己整合的に使用することが明確に記載されているのであって、ゲート電極及び絶縁膜を自己整合的に使用する旨の記載はない。引用例発明においては、低濃度層である第1の不純物層を形成するためのイオン打ち込み前に、ゲート電極の側壁に酸化膜が形成されている(甲第6号証第3図)が、この酸化膜は、マスクとしての厚い膜を形成していないから、これをマスクとして利用するものではなく、引用例にその旨の記載もない。酸化膜がイオン打ち込みの際にマスクとして作用するか否かは、酸化膜の材質、厚さ、打ち込みイオンのエネルギー等により定まるのであって、ゲート電極の側壁に酸化膜が形成されていることと、酸化膜をマスクとして使用することとは同一ではない。引用例発明において、この酸化膜形成の目的は、基板上に酸化膜6-1及び6-3を形成するためであることは、その記載(甲第6号証2頁左下欄6~12行)から明らかである。
このように、引用例発明においては、酸化膜をマスクとして使用していないから、引用例には、上記のとおり「ゲート電極を自己整合的に使用し」と記載されているのである。したがって、この酸化膜が付着したゲート電極を自己整合的に使用することをもって、ゲート電極を自己整合的に使用するというのであれば、次の高濃度層である第2の不純物層の形成においても、ゲート電極の側壁に形成されている絶縁膜を度外視して、ゲート電極を自己整合的に使用するものといわなければならない。けだし、この絶縁膜は、上記熱酸化膜にさらに熱酸化処理を加えることによる活性化の結果としてできたものであるからである。
審決は、「最初の低濃度層形成の際にゲート電極の側壁に形成されている絶縁膜は、低濃度層の横方向・・・の広がりを考慮して形成されている」ことを根拠としているが、一般に、熱処理を加えることにより不純物層は、低濃度の場合に限らず横方向に広がっていくため、同様のことは高濃度層の形成においても該当するのである。したがって、審決の上記認定を前提とすれば、高濃度層形成の際にも、実質的にはゲート電極を自己整合的に使用して行なわれているものと解釈されなければならず、審決のように、低濃度層の形成時だけ熱酸化膜を考慮しない解釈は成り立ちえない。
被告は、引用例発明において、2回のイオン打ち込みによって、引用例(甲第6号証)第5図に示されるような2重ドレイン構造を形成するためには、2回目のイオン打ち込みに際して、ゲート電極の両側に、イオン打ち込みを阻止するマスクが当然必要であると主張する。
しかしながら、半導体結晶中での不純物の拡散は、温度によって定まる各不純物固有の拡散係数と拡散時間により定まるから、拡散係数の大きい不純物は速く拡散し、拡散時間が長ければ拡散により到達する距離もそれだけ長くなるのである。引用例の実施例の記載(甲第6号証2頁右上欄7行~左下欄18行)についてみれば、第1の不純物であるリンは1000℃で85分及び750℃で90分間拡散され、第2の不純物であるヒ素は1000℃で40分間の拡散が行われており、リンの拡散係数は、ヒ素の約10倍であるから、ゲート電極の両側のイオン打ち込みを阻止するためのマスクの有無にかかわらず、拡散係数の大きなリンが長時間拡散することにより、2重ドレイン構造を形成できるのである。
このように、引用例には、高濃度層がゲート電極及びゲート電極の側壁に設けられた絶縁膜と自己整合的に形成されることは記載されていないから、これが記載されているとの審決の認定は誤りであり、これを前提とした審決の前示一致点の認定は誤りである。
2 相違点(1)についての判断の誤り(取消事由2)
審決は、相違点(1)につき、MOS型トランジスタを集積化した半導体装置(MOSIC)において、各MOS型トランジスタを素子分離領域内に設け、そのソース・ドレインを島領域の端部にまで達するように設けることは、周知・慣用の技術であるから、相違点(1)における本願発明の構成に格別の進歩性を見出すことができない(審決書5頁16行~6頁14行)としているが、誤りである。
本願発明においては、島領域内に設けられるMOS型トランジスタを構成する第1の不純物層は島領域の端部まで達するように設けられ、かつ、この第1の不純物層の表面に、第1の不純物層より浅く第2の不純物層を設ける構成により、ゲート電極の縮小化に伴うブレークダウン電圧の低下を減少させた半導体装置を得るという効果を奏する。
これに対し、引用例発明において、高濃度の不純物拡散層の接合境界面に低濃度の不純物拡散層を設けているのは、単にチャネルのドレイン近傍におけるキャリアの発生を抑制するために用いられるものであり(甲第6号証2頁左上欄8~16行)、この作用効果からみて、引用例発明において、低濃度の不純物拡散層を島領域の端部まで連続して存在させる構造が必要であることは全く認められない。
たとえ、MOS型トランジスタのソース・ドレイン領域を島領域の端部まで達するように設けることが周知であるにしても、MOS型トランジスタを構成する第1の不純物層と第1の不純物層の表面に形成された第2の不純物層も島領域の端部まで達する構成は周知ではない。
したがって、審決の相違点(1)についての判断は誤りである。
3 相違点(2)についての判断の誤り(取消事由3)
審決は、絶縁膜をCVDにより形成することは、それを熱酸化により形成することと同様、すでに周知の技術であり、両者いずれを採用するかは、当業者が適宜選択している単なる設計上の事項にすぎず、CVDの選択によって、本願発明に格別の作用効果が生ずるものとも認められないから、相違点(2)における本願発明の構成は、ゲート電極の側壁に設ける絶縁膜の材質を単に変更した程度のことであり、そこに格別の創意工夫が存するものということができないとしている(審決書6頁15行~7頁12行)が、誤りである。
本願発明において、CVD膜を使用することは本願発明における技術的課題(<1>ショートチャンネル効果によるしきい値電圧VTHの低下、<2>ドレイン近傍での電界集中によるゲート電流の増大と、それによるしきい値電圧VTHの不安定性やゲート絶縁膜の早期劣化、<3>基板電流の増大によるソース領域・基板・ドレイン領域のバイポーラトランジスタ動作の発生)の改善に役立つものであって、格別の効果が導き出されるものである。
これに対して、引用例発明において、ゲート電極及び熱酸化により形成した絶縁膜を自己整合的に使用すると解しても、低濃度の第1の不純物層と高濃度の第2の不純物層との距離は、引用例(甲第6号証)第4図に示す熱酸化処理(第3図のイオン打ち込み後の処理)により主に決定されるため、チャネル内のドレイン近傍において、低濃度の第1の不純物層と高濃度の第2の不純物層との距離が十分にとれず短くなり、その結果として、ドレイン近傍での電界集中による、ドレイン-基板間の電流発生及びゲート電流の増大とそれによるしきい値電圧VTHの不安定性やゲート絶縁膜の早期劣化、基板電流の増大によるソース領域・基板・ドレイン領域のバイポーラトランジスタ動作の発生等を十分に改善することができなくなる等の問題が起きる。
本願発明において、CVD絶縁膜の構成を採用した理由の1つは、ゲート電極の側壁に設ける絶縁膜の厚さを適切に制御するためである。CVD絶縁膜形成は独立に行なわれる工程であるから、自由にかつ適切に側壁の厚さを定めることができる。一方、引用例記載の方法では、基体の表面の酸化膜6-1、6-3等と同一工程でゲート電極の側壁に酸化膜が形成されるので、設計上大きな制約を受ける、けだし、基体の表面の酸化膜の厚さは、打ち込みイオンの注入の深さ及び注入量に関係するので、自由に変えるわけにはいかないからである。
また、本願発明のCVD絶縁膜は、ゲート電極側壁に付加的に形成されるだけであるから、CVD絶縁膜形成によって多結晶シリコンのゲート長は実質的には変化しないのに対し、引用例発明の熱酸化による絶縁膜の形成においては、多結晶シリコンの表面付近のシリコンが酸化されて酸化物に変化するために、内方に向かって成長し、そのため多結晶シリコン側壁は後退してゲート長を短くし、酸化膜の成長と共にゲート長が変化し、半導体装置の特性が変化してしまう。CVD絶縁膜の利用は、このような特性の変化とは無関係に、その厚みのみを容易に制御できるという格別の効果がある。
さらに、熱酸化膜を形成する場合、その熱酸化膜は、酸化された多結晶シリコンの約2倍の厚さに成長する。酸化が進むと、最初に形成された酸化膜に規制されて、ゲート電極及び前記熱酸化膜が持ち上げられることになる。この結果、ゲート電極の下部エッジ部分は前記熱酸化膜によるオーバーハング状態となり、ゲート電極下部エッジ部では、熱酸化膜が薄くなるため、マスクとしての機能を期待し不純物の打ち込みを行なっても、その不純物の一部が前記熱酸化膜を通過してしまい、少なくとも半導体分野で使用されるマスクの機能を期待できるものではなくなる。また、上記オーバーハング状態のために、熱酸化膜の厚さ及びその位置が正確には定まらない。
したがって、引用例発明の熱酸化膜では、本願発明の目的であるゲート電極の縮小化に伴うブレークダウン電圧の低下を減少させた半導体装置を得られないし、本願発明における上記技術課題の解決という目的を達成することはできない。
以上のとおり、審決の相違点(2)についての判断は誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1について
引用例発明において、2回のイオン打ち込みにより、引用例(甲第6号証)第5図に示されるような2重ドレイン構造を形成するためには、2回目のイオン打ち込みに際し、ゲート電極の両側に、イオン打ち込みを阻止するマスクが当然に必要である。そして、引用例の実施例の酸化工程の記載(同号証2頁左下欄6~8行)から、上記マスクとしては、第1の拡散層形成後の酸化によって電極の側壁に生じた絶縁膜以外に考えられない。しかも、このようなゲート電極の側壁に生じた絶縁膜がイオン打ち込みを阻止するマスクとなりうることは、この分野において、周知のことである(特開昭58-79766号公報・乙第1号証3頁左下欄20行~右下欄17行)。
したがって、引用例発明が「第1の不純物層の表面に前記ゲート電極及び絶縁膜と自己整合的に形成され、かつ、前記第1の不純物層より浅い高濃度の第2の不純物層とを具備する」ことは明らかである。
引用例記載の上記酸化工程が、原告主張のようなイオン打ち込み後の単なる活性化のための加熱処理であるならば、その加熱処理は活性化処理で常用されている非酸化性の雰囲気で行なう(乙第1、第2、第4号証)ことで十分であって、ゲート電極表面の絶縁膜を特別に厚くする必要はない。ところが、引用例の実施例の酸化工程についての上記記載によれば、低温で大きな膜厚を得ることができる湿式酸化に加え、乾式酸化をさらに行なっており、ゲート電極の側壁に形成される絶縁膜(酸化膜)の厚さは3000Åにも達している。このように、第2の不純物層の形成に先立って、ゲート電極の側壁に形成する絶縁膜は意図的に厚くされているのであって、その目的がマスクの形成にあることは明らかである。
以上のとおりであるから、審決の引用例の記載事項の認定及び一致点の認定に、原告主張の誤りはない。
2 取消事由2について
引用例においても、第1の不純物層と第1の不純物層の表面に形成された第2の不純物層とからなるソース・ドレイン構造を有するMOS型トランジスタが示されており、しかも、MOS型トランジスタのソース・ドレインを島領域の端部まで達するように設けることが周知であり、第1、第2の不純物層のうちどちらか一方を島領域の端部まで達するようにしてはならない特段の事情も存在しない。加えて、第1、第2の不純物層を共に島領域の端部まで達するようにすることも周知(乙第1~第4号証)であるから、引用例発明における第1、第2の不純物層を島領域の端部まで達するようにしてみることは、当業者が容易に考えられることである。
したがって、審決の相違点(1)についての判断に誤りはない。
3 取消事由3について
ソース、ドレインの一部を構成する不純物層をゲート電極及びその側壁に設けた絶縁膜と自己整合的に形成するに当たり、その絶縁膜をCVDにより形成することは、原告も認めるとおり、すでに周知技術であるから、引用例発明の熱酸化の方法に代えて、この周知の方法を採用することに、格別の創意工夫は存しない。
原告主張の本願発明の効果も、この周知技術に付随している自明の効果であって、格別のものとはいえない。
したがって、審決の相違点(2)についての判断に誤りはない。
第5 証拠関係
証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 引用例の記載事項の誤認に基づく一致点の認定の誤り(取消事由1)について
本願発明と引用例発明とが、「半導体基板と、この基板上にゲート絶縁膜を介して設けられたゲート電極と、このゲート電極の側壁に設けられた絶縁膜と、前記半導体基板表面に前記ゲート電極と自己整合的であるように設けられ、ソース、ドレイン領域の一部を夫々構成する低濃度の第1の不純物層を具備する半導体装置」である点で一致することは当事者間に争いがない。
すなわち、原告も、引用例発明における低濃度の第1の不純物層がゲート電極と自己整合的に形成されるものであることは、これを認めるところである。
この低濃度の第1の不純物層の形成工程を引用例(甲第6号証)についてみると、「第2図では、基板1上に1000℃、60分の熱酸化で酸化膜を形成し、その上に厚さ4000Åの高濃度にリンが含まれた多結晶シリコンを堆積した後ホトレジスト加工技術によつてゲート絶縁膜3およびゲート電極4とが形成される。その後第3図に示すごとく950℃、22分の熱酸化を行ない、そのとき形成された酸化膜8-1および8-2を介して基板1にリンを加速電圧75KeVで2×1018cm-2だけイオン打込みしリン打込み層5-1および5-2を形成する。」(同号証2頁右上欄16行~左下欄6行)と記載され、これと同第2図、第3図をみると、第1の不純物であるリンの打ち込みの前に、ゲート電極の側壁に酸化膜が形成されているが、このゲート電極の側壁に形成された酸化膜については、その厚さが明示されず、また、特段の番号によって表示されていないことが認められる。
次に、これに続く高濃度の第2の不純物層の形成工程をみると、「第4図に示すごとく750℃の湿式熱酸化を90分行ない、つづいて1000℃の乾式熱酸化を45分行ない基板上に厚さ210Åの酸化膜6-1および6-3を形成する。このとき多結晶シリコン中に高濃度に不純物リンが含まれているため、ゲート電極4の周辺には、厚さ3000Åの酸化膜6-2が形成されている。しかる後、第5図に示すごとくヒ素を加速電圧70KeVで6×1015cm-2イオン打込みする。その後、1000℃、40分の熱処理工程を経たとき最終的な拡散層として、リンの不純物層5-1および5-2がさらにヒ素の不純物層7-1および7-2が形成される。」(同2頁左下欄6~18行)と記載され、これと同第4図、第5図をみると、第2の不純物であるヒ素の打ち込みの前にゲート電極の側壁に形成された酸化膜は、湿式熱酸化された後に、さらに乾式熱酸化が加えられ、その厚さが3000Åに達することが明示され、また、これが番号6-2でもって特に表示されていることが認められる。
この事実によれば、引用例において、第1の不純物であるリンの打ち込み前にゲート電極の側壁に形成された酸化膜と第2の不純物であるヒ素の打ち込みの前にゲート電極の側壁に形成された酸化膜とは、明らかに、その意義を異にするものであることが明示されているというべきである。また、最終工程を経た後の半導体装置を示す第5図には、低濃度層であるリン打込み層が基板上に形成されたゲート絶縁膜3を介してゲート電極4に接しているのに対し、高濃度層であるヒ素打込み層はゲート電極4の両側から離れて形成されていることが図示されている。
そして、昭和56年11月6日出願に係る「MOS型半導体装置の製造法」の発明を開示した昭和58年5月13日公開の特開昭58-79766号公報(乙第1号証)には、リン打ち込みによりソース領域9、ドレイン領域10を形成し、SiO2膜11を領域9、10上及びゲート電極の露出表面上に形成した後、砒素を打ち込んで、「ソース、ドレイン領域を比較的低濃度のN型領域9、10内に高濃度N型領域12、13が入り込んだ2重領域構造で、かつゲート電極の側面部が低濃度N型領域上に位置するMOSトランジスタ構造を特別のマスクや目合せ技術を用いること無く、自己整合的に形成できる」(同号証3頁右下欄11~17行)方法につき、「第3図は・・・第2図(F)に於ける砒素のイオン注入工程での細部の説明の為の模型図である。この図から明らかな様に、基体表面に垂直な方向に対し、SiO2膜11は一般的にX0の厚さを有するが、ゲート電極の側面近傍では実効的な厚さはX1(>>X0)となっている。この為、砒素のイオン注入に際し、打ち込みエネルギーを適当に選ぶことにより、砒素イオンが膜厚X0の部分は完全に透過して基体表面に入るが膜厚X1の部分では完全に阻止されて、基体には全く達しない様にすることが容易に可能である。」(同3頁左下欄20行~右下欄10行)と記載されているように、ゲート電極の側壁に形成した絶縁膜がイオン打込みの際のマスクとして使用できることは、本願出願前、すでに知られていた技術であると認められる。
以上の事実によれば、引用例に接した当業者は、引用例発明において、高濃度の第2のヒ素不純物層が形成される際に、ゲート電極の側壁に厚く形成された酸化膜がマスクとして作用し、第2のヒ素不純物層はゲート電極及び熱酸化膜(絶縁膜)と自己整合的に形成されることが開示されていると理解するものと認められる。
確かに、原告の主張するとおり、引用例には、「微細化された半導体装置を実現するため高濃度と低濃度との2回にわたつて不純物を拡散する際、ゲート電極を2回自己整合的に使用し」(甲第6号証2頁右上欄1~4行)と記載され、低濃度の第1のリン不純物層を形成する場合と高濃度の第2のヒ素不純物層を形成する場合につき、マスクとして使用されるものが共にゲート電極であるかのように記載されており、引用例には、前示酸化膜6-2をゲート電極とともにマスクとして使用する旨を直接的に述べた記載はないが、引用例全体の記載に照らせば、上記記載は概括的な記載であって、その実質においては、前示のとおり、低濃度の第1のリン不純物層を形成する場合には、ゲート電極の側壁に形成されている酸化膜はマスクとしては作用しないが、高濃度の第2のヒ素不純物層を形成する前に、ゲート電極の側壁に形成されている酸化膜を意図的に厚くして、マスクとして作用させていることが、開示されているというべきである。
以上のとおりであるから、審決の引用例の記載事項の認定に誤りはなく、したがって、審決が、本願発明と引用例発明とは、「第1の不純物層の表面に前記ゲート電極及び絶縁膜と自己整合的に形成され、かつ前記第1の不純物層より浅い高濃度の第2の不純物層とを具備する」点においても、一致すると認定した(審決書5頁1~4行)ことは正当であり、審決の一致点の認定に誤りはないといわなくてはならない。
取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り)について
引用例に、第1の不純物層と、第1の不純物層の表面に形成された第2の不純物層とからなるソース・ドレイン構造を有するMOS型トランジスタが示されていることは、当事者間に争いがない。
特開昭58-79766号公報(乙第1号証)、特開昭53-129980号公報(同第2号証)、特開昭53-78180号公報(同第3号証)、特開昭52-135685号公報(同第4号証)によれば、MOS型トランジスタを集積化した半導体装置(MOSIC)において、MOS型トランジスタを素子分離領域で分離された島領域に設けること、及び、その際、ソース・ドレイン領域の一部を構成する低濃度の不純物層及び高濃度の不純物層を島領域の端部まで設けることは、本願出願前周知であったと認められる。
そうすると、引用例におけるMOS型トランジスタを素子分離領域で分離された島領域に設け、ソース・ドレイン領域の一部を構成する低濃度の不純物層及び高濃度の不純物層を島領域の端部まで設けることは当業者が容易に想到することであると認められる。
審決の相違点(1)についての判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点(2)についての判断の誤り)について
ゲート電極の側壁に設けられた絶縁膜をCVDにより形成することは、それを熱酸化により形成することと同様、本願出願前、すでに周知の技術であることは、当事者間に争いはない。
そして、特開昭57-159066号公報(乙第7号証)には、「イオン注入に対して適当な阻止能力を持つ不純物ドープ制御用絶縁膜として例えば、シリコン酸化膜8(原文の「7」は「8」の誤記と認める。)を、例えばLPCVD法により0.5μm形成する。次に第1図(c)に示すように反応性イオンエッチング技術により、シリコン酸化膜8を全面エッチングする。このとき・・・段差部側面においては不純物ドープ制御用窓の内周面にシリコン酸化膜8が残る。次に・・・イオン注入法により例えばヒ素(As+)を・・・を打ち込みソース、ドレインその他配線層となるn+層9を形成する。この時前記不純物注入層周辺の側面に残されたシリコン酸化膜8がマスクとなり、ゲート領域、フィールド領域でとりかこまれた領域では、接合の深さならびに不純物濃度の低いイオン注入層7が形成される」(同号証2頁左下欄10行~右下欄10行)と記載され、ゲート電極側壁に設けるシリコン酸化膜8(絶縁膜)をCVDで形成し、ゲート電極及びその側壁に設けた絶縁膜と自己整合的に、ソース及びドレインの一部を構成する不純物層を形成することが示されており、特開昭57-107070号公報(乙第8号証)には、その第2図について、「低圧技術を用いて化学蒸着(CVD)された二酸化ケイ素を付着させるが、その結果実際上シリコン・ボディー及びゲート電極のほぼ水平な表面ならびにほぼ垂直な表面上に第二の絶縁体層16がもたらされる。この時点で、第二の絶縁体層16に指向性反応イオン・エツチングを行ない・・・このプロセスの結果、ゲート電極のほぼ垂直な表面に隣接して、狭い寸法の第二の絶縁体領域ないし側壁スペーサ20が残る。」(同号証5頁左下欄3~15行)、「ゲート電極のほぼ垂直な表面に隣接して、狭い寸法の第二の絶縁体領域ないし側壁スペーサが存在するため、N+イオン注入は、先にN-注入を受けた領域の一部にのみ実施され従つてイオン注入の後に焼なましステツプが終つたとき、装置は第2F図に示した形となる。この時点で、ソース及びドレイン領域が注入されており」(同6頁左上欄1~7行)と記載され、第3図について、「ここでCVD SiO2層34を敷設する。得られる生成物を第3E図に示す。次に・・・反応イオン・エツチして、第3F図に示すように、ゲート電極のほぼ垂直な表面ならびに絶縁体に隣接する、狭い寸法の絶縁体領域ないし側壁スペーサ34’を残す。このとき、N+不純物のイオン注入を実施して、装置のソース及びドレインを形成する。この生成物は、第3F図に示す形となる」(同6頁右下欄9~17行)と記載され、この記載と第2F図、第3F図によれば、ゲート電極側壁に設けるシリコン酸化膜(絶縁膜)をCVD法で形成し、ゲート電極及びその側壁に設けた絶縁膜と自己整合的に、ソース及びドレインの一部を構成する不純物層を形成することが示されていると認められるから、ソース及びドレインの一部を構成する不純物層をゲート電極及びその側壁に設けた絶縁膜と自己整合的に形成するに当たり、その絶縁膜をCVDにより形成することは本願出願前周知の技術であったと認められる。
以上の事実によれば、審決が、「ソース、ドレインの一部を構成する不純物層をゲート電極及びその側壁に設けた絶縁膜と自己整合的に形成するにあたり、・・・ゲート電極の側壁に設ける絶縁膜を熱酸化により形成するか、CVDにより形成するかは、当業者が適宜選択している単なる設計上の事柄にすぎず」(審決書6頁15行~7頁6行)と判断したことに誤りはない。
原告は、熱酸化により絶縁膜を形成することの問題点を挙げ、本願発明におけるCVDによる絶縁膜形成の格別の効果を主張するが、本願発明の構成において、CVDによる絶縁膜形成については特段の限定はなく、周知のCVD法の適用を排除しているものではないから、周知技術と較べてCVDによる絶縁膜形成の効果が特に改善されているものとは認められず、原告主張の本願発明の効果も、この周知技術に付随している自明の効果であって、格別のものとはいえない。
したがって、審決の「後者の選択によって、本願発明に格別の作用効果が生ずるものとも認められないから、相違点(2)における本願発明の構成は、ゲート電極の側壁に設ける絶縁膜の材質を単に変更した程度のことであり、そこに格別の創意工夫が存するものと言うことはできない」(審決書7頁6~12行)との判断に誤りはない。
4 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決には取り消すべき瑕疵はない。
よって、本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官押切瞳は、転補のため署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)
平成4年審判第19960号
審決
神奈川県川崎市幸区堀川町72番地
請求人 株式会社東芝
東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内
代理人弁理士 鈴江武彦
東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内
代理人弁理士 村松貞男
東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内
代理人弁理士 坪井淳
昭和58年特許願第86083号「半導体装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年11月30日出願公開、特開昭59-211277)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、昭和58年5月17日の出願であって、その発明の要旨は、明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの、
「(1)表面に素子分離領域で分離された複数の島領域を有する半導体基板と、前記島領域上にゲート絶縁膜を介して設けられたゲート電極と、このゲート電極の側壁に設けられたCVD-絶縁膜と、前記島領域表面に前記ゲート電極と自己整合的であるとともに前記島領域の端部まで達するように設けられ、ソース、ドレイン領域の一部を夫々構成する低濃度の第1の不純物層と、この第1の不純物層の表面に前記ゲート電極及びCVD-絶縁膜と自己整合的に形成され、かつ前記第1の不純物層より浅い高濃度の第2の不純物層とを具備することを特徴とする半導体装置。」
にあるものと認める。
一方、原査定の拒絶理由に引用された、特開昭53-108380号公報(以下「引用例」という)には、「一導電型の半導体ウエハの所定の領域に反対導電型のドレン領域とソース領域と、上記ドレン領域とソース領域にはさまれたチヤネル領域に接し、その表面を少なくとも覆うごとく設けられたゲート絶縁膜と、さらにその上に設けられたゲート電極と、上記ドレン領域およびソース領域のためにそれぞれ設けられたドレン電極とソース電極とからなるMOS型電界効果トランジスタにおいて、上記半導体ウエハが、抵抗小なる半導体もしくは導体にオーム接触により接続され、上記ドレン領域とソース領域とが不純物の低濃度層と高濃度層の2層から成り、ドレン耐圧がドレン・基板間の接合耐圧により主として制限されていることを特徴とする半導体装置。」が記載されている(特許請求の範囲)。
さらに、引用例には、この半導体装置を実現するため、高濃度と低濃度との2回にわたって不純物を拡散する際、ゲート電極を2回自己整合的に使用し、まず最初に低濃度層を深く、次に高濃度層を低濃度層より浅く形成することが記載されている(第2ベージ上段右欄第1~5行、(5)実施例参照)。
もっとも、ゲート電極を自己整合的に使用するといっても、引用例のゲート電極の側壁には、熱酸化膜(絶縁膜)が形成されており、正確には、ゲート電極及び熱酸化により形成した絶縁膜を自己整合的に使用しているということになるが、最初の低濃度層形成の際にゲート電極の側壁に形成されている絶縁膜は、低濃度層の横方向(半導体ウエハの表面に平行な方向)の広がりを考慮して形成されているものであり、低濃度層の形成は、実質的にはゲート電極を自己整合的に使用して行われているものと言うことができる。
そこで、本願発明と引用例のものとを対比すると、両者は、「半導体基板と、この基板上にゲート絶縁膜を介して設けられたゲート電極と、このゲート電極の側壁に設けられた絶縁膜と、前記半導体基板表面に前記ゲート電極と自己整合的であるように設けられ、ソース、ドレイン領域の一部を夫々構成する低濃度の第1の不純物層と、この第1の不純物層の表面に前記ゲート電極及び絶縁膜と自己整合的に形成され、かつ前記第1の不純物層より浅い高濃度の第2の不純物層とを具備する半導体装置」である点で一致し、(1)上記半導体装置を構成しているMOS型トランジスタが、本願発明では、素子分離領域で分離された複数の島領域内に設けられており、第1の不純物層が島領域の端部まで達しているのに対し、引用例のMOS型トランジスタが島領域内に設けられているか否か不明である点、(2)ゲート電極の側壁に設けられた絶縁膜が、本願発明ではCVDにより形成されたものであるのに対し、引用例のそれが熱酸化により形成されたものである点で両者は相違している。
以下、これらの相違点について検討する。
まず、相違点(1)について検討すると、MOS型トランジスタを集積化した半導体装置(MOSIC)において、各MOS型トランジスタを素子分離領域で分離された島領域内に設けることは、MOSICにおける周知・慣用の技術であり、その際、ソース、ドレイン領域を島領域の端部まで達するように設けることもこれまた周知・慣用の技術である。しかも、引用例は、MOS型トランジスタの微細化にともなう、すなわち、短チャンネル化にともなう、ドレイン耐圧の低下を防止しようとする発明であり、MOSICを強く意識したものであることを考慮すると、引用例におけるMOS型トランジスタを素子分離領域で分離された複数の島領域内に設け、ソース、ドレインの一部を溝成する低濃度の第1の不純物層を島領域の端部まで達するように設けることは、当業者が容易に考えられることであり、相違点(1)における本願発明の構成に格別の進歩性を見い出すことはできない。
次に、相違点(2)について検討すると、ソース、ドレインの一部を構成する不純物層をゲート電極及びその側壁に設けた絶縁膜と自己整合的に形成するにあたり、その絶縁膜をCVDにより形成することは、前審の拒絶査定において指摘しているように、それを熱酸化により形成することと同様、すでに周知の技術である(必要なら、特開昭56-130970号公報、特開昭54-44482号公報参照)。そして、ゲート電極の側壁に設ける絶縁膜を熱酸化により形成するか、CVDにより形成するかは、当業者が適宜選択している単なる設計上の事柄にすぎず、後者の選択によって、本願発明に格別の作用効果が生ずるものとも認められないから、相違点(2)における本願発明の構成は、ゲート電極の側壁に設ける絶縁膜の材質を単に変更した程度のことであり、そこに格別の創意工夫が存するものと言うことはできない。
したがって、本願発明は、引用例に記載された事項および上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成5年10月21日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)